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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

そのわけは、秀次の軍が、まっ先にやぶれたのを、しのびがたき恥として、主君も主隊も、楽田をさして、逃げ落ちたあと、ひとり引っ返して、池田勢のうちへ、陣借りして、戦っていたものとみえる」

そう聞いて、人々は、

「道理で、特にかれらは、強かった」

と、思いあわしたが、新十郎も自分の出会ったのが、その一人であったと知って、

「よし、覚えておこう、いつかまた、他の戦場で、きょうの愉快な敵に、めぐり会うことがあるかもしれぬ」

と、忘れぬように、その日、拾い取って来たあいての槍の柄に、

――土肥権右衛門ニ返上ヲ期ス物也。

と、小柄で彫りつけておいた。

将士は、こんな話題に、はればれと、勝ち軍のよろこびを沸きたたせていたが、家康を中心とするごく身辺の帷幕のうちは、なお、容易に、凱歌をあげていなかった。

「すくない。どうも……ちとすくないぞ」

家康は、何か、憂いている。

この大将は、よろこびも、かなしみも、めったに、気色にあらわさないのを、普通としていた。

さっきから、かれがしきりに、少ないとつぶやいていたのは、すでにここから幾度も、引き揚げの貝の合図を吹かせているのに、勝ちに乗って、敗軍の敵を追いかけて行った味方が、意のままに帰って来ないのを、案じているらしいのである。