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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

「…………」

「然るに、わが殿には、上方の情勢を何とお考えか、秀吉との使者の遣り取りなどにお心をゆるされてや――近日、甲信の境へ向って、国境の御巡視にお出ましあるようなお触れ出しを拝しておるが、この際、そんな用でもない辺境の地方をお歩きになっている場合でもあるまいに……いや、困ったものだと――あの鬼作左どのが、顔を皺めて、憂いておりましたようなわけで」

「帯刀」

「はい」

「家中の若者がそちをけしかけたものと思うたら、そちの尻を突いたのは、あの爺イであったのか」

「いや。ひとり作左殿ばかりでなく、御家中の多くも、みな同憂の歎を抱いておりまする」

「それこそ、困ったものじゃ。よい年をして、あの爺イまでが、そのような勘のわるい耳では」

「なぜでございますか」

「三介殿(信雄)が殺されたなどと申すうわさは、いわゆる流言謀説、そのような巷の沙汰こそ、奉行が取締まらねばならぬのに、奉行が先に立って、乗ぜられていては困る。……帯刀、明日はそちも供をせい。時雨にかかわらず、わしは甲斐信濃の旅へ立つであろう」

十二月の初旬。

勅使の参向があった。

折ふし家康は、先月から甲信の境へ出向いて、浜松にはいなかったが、急報によって、早速、旅先から帰って来た。