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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
――現代日本に於ける日本主義・ファシズム・自由主義・思想の批判
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 263,376 字 · 511 页
に、生きのび、そればかりではなく復興されねばならぬ、ということだ。かくてブルジョア哲学の不利な負債や足手纏いは、この犠牲のおかげで片づけられ又は清算される。特に、一九〇五年以後十年間のロシアにも相当するだろうわが国の現在の事情の下にあっては、この処置は単にブルジョア哲学の護身術であるばかりではなく、又その養生法と延命術でさえあるかも知れぬ。――で、この時は恰も、『唯物論と経験批判論』がもう一遍書かれなければならぬ時なのだ。
暗号は戦況の進展と共に変更される。攻勢に於ても守勢に於ても、観念論はその符号を変更する。今や観念論の抜け殻が特に大きく観念論と銘打たれて投げ出される。これに牽制される者は蝉の代りに蝉の抜け殻を拾い上げる、蝉はその時すでに他の樹に止って鳴いているのである。近代的観念論は好んで偽装する習慣を持っている。だから唯物論も仲々並大抵ではないのだ。
処でその観念論なるものは、この蝉と蝉の抜け殻とは(蝉の抜け殻でも矢張り蝉のものだ)、一体何か。ソクラテスでも又カントでも、其他一切の「観念論」乃至「理想主義」の大を以てしても量り切れない、洪水のようなこのブルジョアジーの観念上の奢侈品は、何をその本性としているか。