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にほんイデオロギーろん

日本イデオロギー論

戸坂 潤

――現代日本に於ける日本主義・ファシズム・自由主義・思想の批判

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 263,376 字 · 511 页

青空文庫

一二 「無の論理」は論理であるか

モラルの本家としては、最近アンドレ・ジードの呼び声を聞くことが多いが、このモラリストのジードは、一方夙くから仏領南阿の奴隷制に於ける資本主義的機構に、その「文学的良心」を痛く衝かれたということだ。彼が所謂転向を伝えられるのは、彼のモラリズムが、すでに完全な文学主義的形而上学として踏み止まることが出来ずに、実際的なモーラリティーに呼びかけねばならなくなったことを、告げているのかも知れない。

第一に形而上学、第二に解釈哲学、第三に文学主義哲学、この三つのものが順次に重なり合って、少くとも現在の日本に於ける「近代的観念論」の積極的に偽装した標本として、吾々の眼の前に与えられている。

一二 「無の論理」は論理であるか

――西田哲学の方法について

私は拙著『現代哲学講話』〔前出〕の内で、田辺博士の哲学に就いて所見を述べたが、それは所謂京都学派の発展としての「田辺哲学」の成立を祝福するのが主眼だったから、田辺哲学と西田哲学との相違をハッキリさせることは省略した。併し田辺哲学が成立したということは即ち、田辺博士の哲学がもはや所謂西田哲学とは異った別なものになったということだから、当然二つの哲学の相違点が問題となるべき筈だったのである。