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にほんイデオロギーろん

日本イデオロギー論

戸坂 潤

――現代日本に於ける日本主義・ファシズム・自由主義・思想の批判

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 263,376 字 · 511 页

青空文庫

だが併し、単に何にでもある内容と形式との関係だけではない。実際、吾々が今は常識的に考えている常識というものに就いて、この個々の常識(テーゼの形をもつ)という内容と、常識という形式とは、対立した或いは喰い違ってさえいる処の、一つの関係におかれているからである。この二つの区別をもっと展開して見よう。

〔軍部〕が今日のような自信を有つことの出来なかった大戦直後の頃、或る私の知っている将校が私に云うのに、軍人に常識がないという非難があるので上部から常識涵養のために法律や経済の勉強を勧められているが、一体そういう知識が不足していることが軍人の非常識とか没常識とかいうことの意味なのだろうか、どんなに知識を所有しても非常識は非常識であって、そのままでは常識の涵養にならぬように思うが、と云うのであった。なる程法律や経済や政治という社会科学的な知識を有たなければ人間は必ず非常識になるには相違なく、又この知識を有てば常識の涵養の条件の一つが具わることも間違いではないが、或る一定の意味に於ては、そうした常識の獲得は必ずしも常識そのものを高めることにはならぬ。

もし常識というものを個々の知識やその総和と考えるならば、知識の獲得はそれだけ常識内容の量的な増加になるわけだが、それによっては必ずしも人間的見識の水準が高まるとは限らない