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あねがわのかっせん
日本合戦譚
菊池 寛
菊池寛『日本合戦譚』。同一底本的分册已合并为一书。收入:姉川合戦、厳島合戦、川中島合戦、田原坂合戦、長篠合戦、賤ヶ岳合戦、碧蹄館の戦、島原の乱、山崎合戦、鳥羽伏見の戦、大阪夏之陣、真田幸村、応仁の乱、四条畷の戦、小田原陣。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,771 字 · 313 页
拝郷五左衛門尉取って返し、身命を惜まず防ぎ戦うが、味方は崩れ立ち始めて居る。盛政は荒々しい声で、拝郷等は何故に敵を防がぬかと叱ったので、五左衛門尉嘲笑って、御覧候え、我々が身辺、半町ほどは敵一人も近付け申さず。ただ敵勢鋭きが為に味方振わないのである。此上は面々討死をして見せ申そうと計りに、青木勘七、原勘兵衛等と共々に、追い手の中に馳せ入った。青木勘七は血気の若武者で、真先に進んで忽ち五人まで突落したとある。この青木は後に越前に在って青木紀伊守一矩に仕えたが、ある時同じ家中の荻野河内の館で、寄合いがあった際、人々に勧められて、余呉湖畔戦の想い出話をした事がある。「金の脇立物、朱漆の具足の士と槍を合せたが、その武者振見事であった」と語った処が、その武者が主人の河内であることが判り、互に奇遇を嘆じたと云う話がある。中学の教科書などに出ている話である。それはとにかく、盛政の軍は、拝郷、青木等の働きで何とか退軍を続けて居た。暁暗の四時過ぎ、秀吉は猿ヶ馬場に床几を置かせ、腰打かけて指揮を執って居た。さて、安井左近大夫、原彦次郎等もようよう引退いて、盛政と一手になったので、盛政少し力を得て、清水谷の峠へ退いて備を立直そうとしたが、秀吉の軍は矢鉄砲を打って追かけるので、備を直す暇もなく崩れた。