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あねがわのかっせん

日本合戦譚

菊池 寛

菊池寛『日本合戦譚』。同一底本的分册已合并为一书。收入:姉川合戦、厳島合戦、川中島合戦、田原坂合戦、長篠合戦、賤ヶ岳合戦、碧蹄館の戦、島原の乱、山崎合戦、鳥羽伏見の戦、大阪夏之陣、真田幸村、応仁の乱、四条畷の戦、小田原陣。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,771 字 · 313 页

青空文庫

真田の棄旗

勝永これを見て、更に「あわれ父が子なり」と称えたという。

こうして、五月六日の戦は、真田父子の水際立った奮戦に終始した。

真田の棄旗

五月七日の払暁、越前少将忠直の家臣、吉田修理亮光重は能く河内の地に通じたるを以て、先陣として二千余騎を率い大和川へ差かかった。

その後から、越前勢の大軍が粛々と進んだ。

が、まだ暗かったので、越前勢は河の深浅に迷い、畔に佇むもの多かった。大将修理亮は「河幅こそ広けれ、いと浅し」と言って、自ら先に飛込んで渡った。

幸村は、夙にこの事あるを予期して、河底に鉄鎖を沈め置き、多数が河の半ばまで渡るを待って、これを一斉に捲き上げたので、先陣の三百余騎、見る見る鎖に捲き倒されて、河中に倒れた。

折柄、五月雨の水勢烈しきに、容赦なく押流された。

茲に最も哀れをとどめたのは、大将吉田修理亮である。彼は、真先に飛込んで、間もなく馬の足を鎖に捲きたおされ、ドウと許り、真倒まに河中に落ちた。が、大兵肥満の上に鎧を着ていたので、どうにもならず、翌日の暮方、天満橋の辺に、水死体となって上った。

また、同じ刻限、天王寺表の嚮導、石川伊豆守、宮本丹後守等三百余人が平野の南門に着した。