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せいざ

星座

有島 武郎

1922(大正11)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,460 字 · 235 页

青空文庫

十二時ごろ病家から帰ってきた母の寝息は少しもそのために乱れなかった。

もう一度呼んでみる勇気はおぬいにはなかった。自分の声におびえたように彼女はそっと枕に頭をつけた。濡れた枕紙が氷のごとく冷えて、不吉の予覚に震えるおぬいの頬を驚かした。

おぬいの口からはまた長い嘆息が漏れた。

身動きするのも憚られるような気持で、眼を大きく開いて、老境の来たのを思わせるような母の後姿を見やりながらおぬいはいろいろなことを思い耽った。

何かに不安を感ずるにつけていつまでも思うのは、おぬいが十四の時に亡くなった父のことだった。細面で痩せぎすな彼女の父は、いつでも青白い不精髯を生やした、そしてじっと柔和な眼をすえて物を見やっている、そうした形でおぬいには思いだされるのだった。ある小さな銀行の常務取締だったが、銀行には一週に一度より出勤せずに、漢籍と聖書に関する書物ばかり読んでいた。煙草も吸わず、酒も飲まず、道楽といっては読書のほかには、書生に学資を貢ぐぐらいのものだった。その関係から白官舎やそのほかの学生たちも今だに心おきなく遊びに来たりするのだった。

父はおぬいの十二の時に脊髄結核にかかって、しまいには半身不随になったので、床にばかりついていた。