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はるいくたび

春いくたび

山本 周五郎

山本周五郎『春いくたび』。同一底本的分册已合并为一书。收入:春いくたび、だんまり伝九、伝四郎兄妹、峠の手毬唄、初午試合討ち、梟谷物語、武道宵節句。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 70,094 字 · 142 页

青空文庫

それから少女のいる小屋をたずねた。

少女は隊士のズボンを縫っていた。

「お早う、よく眠れたかね」

「お早うございます。おかげさまで……」

「なにをしているんだ」

「隊士のお方のズボンが破れていましたので、いま針と糸をみつけて来ておつくろいしているところですの」

「それはありがとう」

「でも……下手ですから」

お糸ははずかしそうに頬をそめた。――その様子を見て半九郎は眼がしらのあつくなるのを感じた。

半九郎は水戸の藩士である。

水戸には母と妹がいる、妹は十五だ、丁度このお糸も同じくらいであろう。丸顔で、白い頬をすぐ赤くそめるところなどは、そのまま妹を思わせるようだった。

妹は母のもとでやすらかに暮している。

それなのにこの少女は、遠く故郷をはなれた山奥で、しかも戦争のまっただ中でつらいめに会っている、――故郷を思い、親たちを思ったらどんなに悲しいか。

「早く酒田へ帰りたいだろうね」

「――はい」

「気を強くもっているんだ、いまにきっと帰らせてあげるから」

お糸は半九郎の眼を見上げて、うれしそうにうなずいたが、

「でも、みなさまはここで戦をなさるのでしょう? そんなことをしていただくおひまがございますでしょうか」