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つきのまつやま

月の松山

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,451 字 · 41 页

青空文庫

松山で十時。坪田へ来い。

孝也はその午後の泰二郎のようすを思いだしてみた。不審なようすはなかった、「あれなら大丈夫です」「念のためにもう一度いってみますが」ごくあっさりとそう云った。なにかあったようなふうは少しもなかった。「だがそれがなんの証拠になる」孝也は自分に云った、「彼は西山へいって来たのだ。そこで日野たちと会い、売られた喧嘩を避けきれなかった、と考えることはできないか」

孝也はなお暫く隣りの話を聞いた。それから勘定を払い、馬を曳いて外へ出た。酒が中途半端だったので、少し歩くと患部が痛みだした。彼は薬袋を出して、二服分の粉薬を口へ入れた。その粉薬は苦く、そして胸の悪くなるような匂いをもっている、孝也はそれを舌の上でゆっくりと唾で濡らし、それから喉へとのみおろした。――かなり人の往来する町角で、孝也は馬を曳いたまま立停っていた。その薬はのんで半刻ほど経つと、下半身が痺れたようになる。それまでに帰りたかった。隣りの話のようすでは、かれらも帰るらしいので先へ出て来たのだが、それでも四半刻ほど待たなければならなかった。

二人は「藤十」と印のある提灯を持って出て来た。