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げつめい
月明
豊島 与志雄
「新小説」1921(大正10)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,772 字 · 34 页
一
一
褌一つきりの裸体の漁夫が、井端で、大漁の鯵を干物に割いていた。
海水帽の広い縁で、馬車馬の目隠しのように雨の頬を包んで、先に立ってすたすた歩いていた姉が、真直を向いたまま晴れやかな声で、
「今日は。」
と声をかけると、漁夫も仕事の手元から眼を離さずに、尻上りの調子で、
「今日は。」
姉の後に続いていた俊子が、これも海水帽の縁の中で、くすりと笑った。その拍子に、海水着一枚の背中の肉が擽ったいような震えをしたのを、彼は後ろからちらりと見た。
姉ははふいに振り返った。
「何を笑ってるの。」
「だって、あんまり挨拶がお上手だから。」
「そう。」
遠いような近いような海の音があたりを包んで、晩夏の日がじりじり照りつけていた。
「この辺はそれは質朴だから、」とややあって姉は思い出したように、「誰に逢っても今日はと挨拶をするのよ」
「ほんとにいい処ね。私すっかり身体もよくなったような気がするわ。」
姉は勝ちほこったように、も一度後ろを振り向いて俊子の顔を見た。俊子が軽く肺炎を病んで、適当な避暑地を物色していたので、彼等姉弟と伯母――と云ってももう五十の上を越した――と三人で避暑することになっていた、この上総の海岸へと姉が誘った時、停車場から一里半もある辺鄙な土地ではあるけれどと云われて、俊子は一寸躊躇したのではあったが……来て