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げつめい

月明

豊島 与志雄

「新小説」1921(大正10)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,772 字 · 34 页

青空文庫

東の空に出たばかりの月は、松林に距てられて見えなかったけれど、ランプの光りの薄暗い家の中よりは、もっと明るいぱっとした夜だった。物の影が長く地を匐ってる上を、二人は黙って海の方へ歩いていった。

踏み込むと冷りとする叢の中で、虫がしきりに鳴いていた。それへ月の光りがくっきりと落ちている処で、二人はふと足を止めて、姉が来るのを待った。

「私何だか明日帰るのだという気はしませんわ。静夫さんは?」

明日帰ることばかりではなかった。此処に来たことが、今こうしていることまで凡てが、夢のように思われた。黙ってると、波の音が遠くに聞えだしてきた。

「海は実際いいですね。」

「ええ、ほんとに!」

と俊子がすぐに応じてくれたけれど、変に気まずく思われた自分の言葉の調子が、まだ彼の頭から去らなかった。つと横を向いて、大事に持ってきたABCに火をつけた。

「いい匂いの煙草ですわね。私も吸ってみようかしら。」

彼が黙って差出したのを、彼女は笑いながら一本取ったが、

「ああ、これは駄目。吸口がないから。」

戻されるのを受取る拍子に、息がつまるような甘っぽい化粧の香りが、ぷんと彼の鼻にきた。