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みらいのてんさい
未来の天才
豊島 与志雄
「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,630 字 · 38 页
私はのけものにされて、一寸手持ちぶさたな心地になり、次に嫌な気になって、黙って家の中にはいってしまった。
家の中にはいると、私は俄に後悔しだした。それかって、また出て行く訳にもゆかなかった。その上、折角の機会はもう、お上さんのためにぶち壊されてしまっていた。
私は自分の室の窓から、静子の家を眺めやった。隣家の庭の向うの板塀越しに、彼女の家の庭が少し見えた。門のすぐ側に松が一本あり、少し間を置いて、楓から檜葉、そして板塀に沿って、低い椿と高い躑躅、そのこんもりとした枝葉が、庭の地面から私の視線を遮っていた。あそこに静子が出て来てくれるといいが、と私は思った。然しそれだけではやはり仕方がなかった。
私は思い切って静子を家に呼ぼうかとも考えたが、その口実が見当らなかった。前年の秋、太平洋画会の切符を一枚やったことから、静子は三四度私の室に遊びに来たことがあった。然し今改めて来て下さいとは何だか云いかねた。また、向うからやって来るのを待っていたんでは、何時になることやら分らなかった。
私は全く途方にくれた。静子がポーズしてくれなければ、ケンブリッジの絵具もフランス製のカンヴァスも、何の用をも為さない訳だった。