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みらいのてんさい

未来の天才

豊島 与志雄

「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,630 字 · 38 页

青空文庫

「どうしたんです?」

「だって、道の真中に黙ってつっ立っていらっしゃるんですもの。こんな霧だから、側まで来なけりゃ誰だか分らないじゃありませんか。……私が通るのを知ってて、それで待っていらしたの?」

そうです、そうです、と私は危く云う所だった。全く私はその二三日、彼女に逢う機会を、逢ってゆっくり話をする機会を、待ちあぐんでいたのであった。彼女の言葉はじかに私の胸に響いた。私は棄鉢な気持ちになった。

「静子さん!」と私は云った。その先をどう云っていいか分らなかった。それを無理やりに云い進んだ。「私はほんとに待ってたんです。許して下さい。是非あなたに話したいことがあったんです。嬉しくって恋しくって、どうしていいか分らなくなったんです。私は……。」

私は何を云ってるのか自分でも分らなかった。ただやたらに口を利かなければならないような心地だった。すると、どうしたのか彼女は、ふいに私の胸へ上半身をもたれかかってきた。私はも少しで後ろへ倒れる所だった。それをじっと踏みこたえると、彼女は私の胸へ顔を埋めて泣いていた。私は惘然とした。それから、俄に息がつまるような衝動を覚えた。