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くわのきものがたり
桑の木物語
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页
「舟は危のうございますよ」
おつねがそう云ったときには、彼はもう土間から外へとびだしていた。――吉べえという若い船頭を呼びだし、舟を出させて向う河岸へいったまま、昼飯まで帰らなかった。そしてようやく帰ったときには、片方の眼のまわりを紫色に腫らし、頬ぺたに三条もひっ掻き傷ができていた。
「勝んべの野郎に貸しがあったんだよ」
彼は茶漬をかきこみながら云った。
「小梅にゃもう一人いるんだけど、逃げちゃって出て来やしねえ、こんだ瓦屋の熊んとこへいくんだ、喧嘩じゃねえよ観音さまで遊ぶんだ」
薬をつけてやる暇もなく、喰べ終ると箸を抛りだして出ていった。――虚木老は虚木老で深川あたりへでかけたらしい、三時すぎてから、いいきげんに酔って帰ったが、悠二郎はそれよりずっとおくれて、泥まみれになり、千切れた片袖をぶらぶらさせて帰って来た。
「その顔はどうしたんだ、冗談じゃない」さすがの虚木老も唸った、「――おれたちは聖堂へいったことになっているんだぞ、聖堂でおまえそんな、……冗談じゃない、だがまあ早く支度をしろ、帰りがすっかりおくれてしまった」
舟仙を出るとき、おみつが門口から顔を半分のぞかせて、にっと笑いながら云った。