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くわのきものがたり

桑の木物語

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页

青空文庫

こう云ったという。またのちには嫁に向って、嫁とはむろんかな女のことであるが、その嫁に向ってこう云ったこともあるそうだ。

――どうせ二男坊のことだ、つまらないようなところの養子にするより、いっそ当人がよければ船頭にでもなるがいいのさ、にんげん一生、あれはあれで気楽でもあるし、なかなか粋なしょうばいだからな。

たぶん酔ったきげんででも云ったものだろうが、それにしても乱暴なはなしで、当時としては相当な自由主義者だったとみえる。――ともかく、彼はこうして舟仙へあずけられた。

――あまり大事に扱ってはいけない、たいていな悪戯は叱らぬように、なるべく野放しに育てろ。

仙吉とおつねは虚木老からそう厳命され、そのいいつけどおりに育てた。乳母は葛西のほうの農家の者であった。――彼は赤子のじぶんから勾配が早かった。七月目にはもうお乳には眼もくれず、誕生まえに平気で強飯を喰べた。這うのも、立つのも、歩きだすのも、すべて一般よりは三割がた早かった。

「こんな赤ん坊っておら見たこともねえ」

葛西から来た乳母はいつもこう云っていたそうだ。

「なんだってすばしっこくって、ちっとも眼がはなせねえ、寝たかと思ってちょっと立ったら、いつのまにかもう土間へおりて下駄をしゃぶってるだ、ほんとにこの子には胆煎っちまうよ」