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くわのきものがたり
桑の木物語
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页
這い歩きを始めるじぶんにはたいていの子が眼のはなせないものだ。しかし悠二郎のはとくべつだったらしい。乳母の云うとおり、なにしろすばしっこいのと桁外れなことばかりするので、まわりの者のおちつく暇がなかった。そのなかの一つに「梅干のたね」というのがある。それはまだやっと這い始めたころのことだが、ちょっとゆだんしているまに、鼻の穴へ梅干のたねを押し込んでしまった。鼻の両方の穴へ、梅干のたねを一つずつ自分で捻じこんだのである。そうして息が詰ったものだから、ひっくり返って、手足をばたばたさせて、泡を吹いた。
「まったくあのときばかりは寿命がちぢまりましたね、いま思いだしてもぞっとしますよ」
おつねはずっとのちになってもしばしばそう云って身ぶるいをした。――とにかく慌てたらしい、いろいろして、ようやく鼻の穴になにか入っているのをみつけ、毛抜を持って来て、暴れるのを乳母に押えさせて、取り出そうとしてみた、が、その物はぬるぬる滑るし鼻の入口よりはるかに大きいので、どうやってみても出すことができない、そのうちに悠二郎はぐったりと青くなった。おつねはそれを横抱きにし、はだしで家をとびだして、花川戸の玄庵さんという医者まで夢中で走った。