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くわのきものがたり
桑の木物語
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页
「あれは野育ちだからどうせ侍ではおさまるまい、もししくじって転げ込むようなことがあったら、これで舟宿の株でも買ってやって呉れ、そういうことでこれだけお預かり申しました」
仙吉はそこへ金を並べてそう云った。
年があけるとおみつは厄年になる、悠二郎は強引におみつを嫁に欲しいと云い、誰にいなやもなく、押詰ってから祝言の盃をした。――披露は中洲の「百尺」でやった、舟宿なかまはもちろん、悠二郎は勝んべも熊も、むかしの友達でいどころのわかる限り集めて、そうして宴の終るまで賑やかに飲んだ。
その前後に二度ばかり、土井の母が来たそうである、良人に禁じられているからと、そっとおつねだけに会い、ゆくすえをくれぐれも頼むと云って、自分で縫った肌着や着物や、帯などを置いて去ったということだ。そして、それなり本当に土井とは往来が絶えてしまった。
「信さんはどうなすったのかしら、ちっともおみえにならないわねえ」
まだ丸髷のおちつかないじぶん、おみつはふと思いだしてはそう云った。
「侍なんてあんなものよ、あいつはとんだ出世をしやあがった、もうおれなんぞに用なんかありゃしねえ、あいつのことなんざ忘れるがいいんだ」