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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

一緒に榎の実を集めたり、時には橿鳥の落して行った青い斑の入った羽を拾ったりした少年時代の遊び友達の側へ帰って行った。「オバコ」という草なぞを採って、その葉の繊維に糸を通して、機を織る子供らしい真似をした隣の家の娘の側へ帰って行った。その娘の腕まくり、裾からげで、子供らしい淡紅色の腰巻まで出して、一緒に石の間に隠れている鰍を追い廻した細い谷川の方へ帰って行った。生れて初めて女というものに子供らしい情熱を感じたその娘と一緒に、よく青い蔕の附いた実の落ちたのを拾って歩いた裏庭の土蔵の前の柿の木の下の方へ帰って行った。「わたし」と言うかわりに女でも「おれ」と言い、「捨さん」と呼ぶかわりに「捨さま」と呼ぶような、子供の時分から聞き慣れた可懐しい言葉の話される世界の方へ帰って行った。そこでは絶えず自分のことが噂に上りつつあるというに、しかも自分の方ではめったに思い出しもしなかった旧い馴染の人達の側へめずらしく帰って行った。

兄は用達から帰って来た。午後からお母さんは田辺の家を訪ねる筈であった。

「捨吉、貴様はお母さんのお供をしろや」と兄は言った。「時間が来たら貴様は学校の方へ帰るが可い。