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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

玄関の方なぞに引込んでいないで、ちっとお母さんの側にでも坐っておいでな」

とおばあさんが言った。

「ほんとだよ」と姉さんも調子を合せた。「お母さんの頸ッ玉へでも齧り付いて遣れば可いんだ」

才気をもった姉さんは捨吉の腹の底を抉るようなことを言った。姉さんは半分串談のようにそれを言ったが、思わず捨吉は顔を紅めた。

「どうです、お母さん」と小父さんは例の調子で快活に笑って、「捨吉も大きくなったものでしょう」

「捨さんも、どちらかと言えば小柄な方でしたのに、この二三年以来急にあんなに大きく成りました」と姉さんも言葉を添えた。

お母さんはつつましやかな調子で、「ほんとに、これと申すも皆田辺様の御蔭だで。難有いことだぞや――そう申してなし、郷里の方でも言い暮しておりますわい。何から何まで御世話さまに成って、この御恩を忘れるようなことじゃ、捨吉もダチカンで」

交際上手な田辺の人達はやがてこのお母さんを打解けさせずには置かなかった。おばあさんは国の方に居る捨吉の姉の噂をしきりとして、姉が一度上京した折の話なぞをお母さんの口から引出した。

「彼女が出てまいった時よなし」とお母さんは思出したように言った。