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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
かねて横浜の方のある店を引受けると小父さんから話のあったことが、いよいよ事実となった。小父さんは横浜を指して出掛けようとしている。姉さんも小父さんに随いて行こうとしている。大勝の御店の方から手伝いに来た真勢さんは日本橋高砂町附近の問屋を一廻りして戻って来て、復た品物を揃えに出て行こうとしている。
「あの、何を何して、それから何して下さいな」
支度最中の姉さんが何づくしで話しかけることを、おばあさんはまた半分も聞いていないで、何を何するために土蔵の階段を上ったり下りたりしている。この混雑の中で、着物やら行李やら座敷中一ぱいにごちゃごちゃ置いてある中で、捨吉は持って帰った卒業証書を小父さんに見て貰った程で。
潮でも引いて行った後のような静かさが、この混雑の後に残った。房州出のよく働く下女までが小父さん達に随いて行った。留守宅にはお婆さんと、弘と、女中がわりに助けに来た女と、捨吉と、それからポチという黒毛の大きな犬とが残った。
「姉さんも、えらい勢ですね」
「なにしろお前さん、十年も寝床を敷き詰めに敷いてあった人が、浜の方まで働きに行こうという元気だからねえ」