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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

を言った。

「女の子を教えるというのが、あたいは少し気に入らない」

女の子――それは捨吉に取っても長いこと触れることを好まなかった問題だ。無関心を続けて来た問題だ――無関心はおろか、一種の軽蔑をもって対って来た問題だ。

深い感動として残っていた心の壁の画が捨吉の胸に喚起された。再び近づくまいと堅く心に誓っていた繁子――坂道――日のあたった草――意外なめぐりあい――白い肩掛に身を包み無言のまま通過ぎて行った車上の人――一切を捨吉はありありと自分の胸に喚起すことが出来た。過ぎし日のはかなさ味気なさをつくづく思い知るように成ったのも、実にあの繁子からであった。忘れようとして忘れることの出来ない羞恥と苦痛と疑惑と悲哀とは青年男女の交際から起って来た。何等の心のわだかまりも無しに、どうしてこの捨吉がもう一度「女の子」の世界の方へ近づいて行くことが出来よう。

麹町の学校での捨吉の受持は、英語、英文学の初歩なぞであった。届いた田辺のお婆さんが捨吉のために学校通いの羽織、袴を用意してくれる頃は、一度淡い春の雪も来た。小父さんは横浜の店の方から、捨吉の兄は大川端の下宿から、真勢さんはまた東京の方の勤めに戻ることに成ったという大勝のお店から、いずれも問屋廻りや用達の序に稀に見廻りに来る位のもので、その他はしんかんとした留守宅