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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

不慣な彼は、あまりに熱心に生徒を教え過ぎて、一年足らずの間に僅かな学問を皆な出しきってしまった。それ以上、教える資本が無いかのように自分ながら危ぶまれて来た。有付いた職業も、それを投出すより外に仕方がないほど、教師としても行塞った。

捨吉の二十一という歳も二週間ばかりのうちに尽きようとする頃であった。麹町の学校でも第二学期を終りかけていた。彼はある悲しい決心を掴んだ。

「古人も多く旅に死せるあり」

とその「奥の細道」の中にある文句を繰返した。

丁度、岡見兄弟と市川とは、それまで出していた小さな雑誌を大きくしようという計画を立てていた。青春の血潮は互いに性質の異なった青年を結び着けて、共同の仕事のもとに集まらせようとしていた。青木も、捨吉も、その仲間に加わろうとしていた。年若ながらに兄等の仕事に同情のある涼子をはじめ、磯子、勝子、それから麹町の学校の卒業生で岡見や涼子等の間によく噂の出る西京の峰子なぞの人達を背景に有つことが、一層この勢を促した。丁度来る年の正月には同人の新しい雑誌も出来ようというところであった。その中で、遽かに捨吉は旅を思立った。捨吉は田辺の小父さんをはじめ、お婆さん、姉さん等の恩人のことも忘れ、大川端の兄のことも忘れ、遠く郷里の方に彼のために朝夕の無事を祈っているお母さんのことも忘れてしまっ