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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

三

どうもあたしは、アーメンは嫌いだ」

「お婆さん、そう貴女のように心配したら際限が有りませんよ。今日英学でも遣らせようと言うには他に好い学校が無いんですもの。捨吉の行ってるところなぞは先生が皆亜米利加人です。朝から晩まで英語だそうです」と言って主人は捨吉の兄の方を見て、「どうかして、捨吉にも洋行でもさして遣りたいものですな――御店の大将もそう言ってるんです――」

民助は物を言うかわりに咳いたり笑ったりした。

記念すべき細君の床揚の祝いにつけても、どうかして主人は捨吉を喜ばそうとしているように見えた。行く行くは自分の片腕とも、事業の相続者ともしたいと思うその望みを遠い将来にかけて。

三

楽しい田辺の家へ帰っても捨吉の心は楽まなかった。「貴様はそんなところで何を考えてる」と田辺の小父さんに問われることがあっても、彼は自分の考えることの何であるやを明かに他に答えることが出来なかった。しかし、彼は考え始めた。彼が再び近づくまいと堅く心に誓っていた繁子に図らず途中で邂逅った時のことは、仮令誰にも話さずにはあるが、深い感動として彼の胸に残っていた。それが彼から離れなかった。