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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
土と一緒に根こそぎポコリと持上って来るのもあった。
「御隠居様、この御寝衣はいくら洗いましても、よく落ちません」
と下女が物干竿の辺で話す声は垣一つ隔てて捨吉のしゃがんでいるところへよく聞えて来た。
「ひどい脂肪だからねえ」
というお婆さんの声も聞えた。
捨吉は額の汗を押拭って見て、顔を紅めた。彼は草むしりする手を土の上に置き、冷い快感の伝って来る地面に直接に掌を押しつけて、夏期学校の講演を聞こうとして諸方から集って来る多くの青年のことを思いやった。同級の学生でそこへ出席する連中は誰と誰とであろうなどと思いやった。
寄宿舎の方へ持って行く着物も出して置かなければ成らなかった。高輪へ出掛ける前の日の午後、捨吉は自分の行李を調べるつもりで土蔵の二階へ上ろうとした。蔵の前の板の間に、廂間の方から涼しい風の通って来るところを択んで、午睡の夢を貪っている人があった。大勝の帳場だ、真勢さんという人だ。真勢さんは御店から用達に来た序と見え、隠れた壁の横に肱を枕にして、ぐっすりと寝込んでいた。狭い板の間で、捨吉がその上を跨いでも、寝ている人は知らなかった。土蔵の二階は暗かった。