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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
紙は見る間に燃えて行った。捨吉は土蔵の廂間にあった裏の畠を掃く草箒を手にしたまま、丹精した草稿が灰に化って行くのを眺めていた。
「ええ――一緒に焼いちまえ」
と言って見て、残った草稿を一纏めにした時は、どうかすると紅いが上った。その度に捨吉は草箒で火を叩き消した。色の焦げた燃えさしの紙片は苺の葉の中へも飛んだ。
「捨さん、お前さんは何をするんだねえ」
とお婆さんが木戸口から顔を出した頃は、捨吉の草稿はあらかた灰に化っていた。
「ナニ、何んでも無いんです……すこしばかり書いたものを焼いちまおうと思ってるんです……」
「御覧なさいな、御近所では何だかキナ臭いなんて言ってるじゃ有りませんか」
と復たお婆さんが言って、台所の方から水を入れた手桶を木戸口のところまで提げて来てくれた。捨吉は頭を掻き掻きお婆さんのくれた水ですっかり火を消した。灰も紙片も一緒こたに黒ずんだ泥のようにして了った。飛んだ人騒がせをしたと彼はきまり悪くも成った。これしきの物を焼捨てるのに、とは思ったが、黄ばんだ薄い煙が一団となって高く風の無い空に登ったのは狭い町中で彼のしたことと知れた。
すごすごと捨吉は手桶を提げて台所へ戻ろうとした。