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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
涼しい風が部屋の片隅の低い窓から通って来た。小障子の開いたところから裏の空地にある背の高い柳の樹も見えた。その延び放題に延びた長い枝や、青い荒い柳の葉が風に動いているのも見えた。捨吉は玉木さんと話しているうちに、そうした晩年になって静かな宗教生活に入ろうとしている人と対坐するような活々としたところは少しも感じなかった。貧しい弱いものの味方になってくれる基督教の教会へ行って霊魂を預けるより外には、もうどうにもこうにもならないような、極度の疲労と倦怠とで打ち震える人の傍にでも居るような気がした。でも、「瘠せても枯れても玉木です――一個の男子です――そう婦女子なぞに馬鹿にされてはいませんよ」と武士らしい威厳をもった玉木さんの眼は言うように見えた。
そこへ階下から上って来たのは玉木さんの小母さんだ。小母さんは散らかしてあった針仕事なぞを壁の隅に取片付けていたが、やがて何か思いついたように夫の顔を見て、
「あなた、何だか私は御祈りがしたくなった。今日は金曜ですに、皆で一緒に御祈りをせまいか」
「それも可かろう」
と玉木さんは坐り直して肩を動った。
「捨吉さん、今日はあなたも御仲間にお入りなさいな」