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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
と附添した。
食後に兄はいそがしそうな様子で、
「一寸私は大将のところまで行って来ます。他にも用達に廻って来るかも知れません。捨吉、今日はゆっくりしても可かろう。正午までに俺も帰って来る」
「あの昨夜の話はお前に頼んだぞい」とお母さんが言った。
「承知しました。お母さん、それじゃお話しなすって下さい」
「あい、そうかい」とお母さんは立って見送った。
兄は出て行った。お母さんは部屋に置いてある箪笥の前を歩いて見たり、兄の机の上などを見廻したりして、
「まあ、俺も出て来て見て、これで漸と安心した」
とさも溜息を吐くように言った。久し振で兄の咳払いを聞いただけでも、お母さんは安心したらしい様子であった。やがて捨吉の傍へ来て、兄の居るところではしなかったような話を始めた。お母さんは子供の時の面影でも探すように捨吉の顔を見ながらその話をした。
「なかなか郷里の方も口煩いぞい」とお母さんが言った。「あんまり御留守居が長くなるもんだで、皆で種々なことを言う。やれ岸本の姉さまは可哀そうだの、兄さまは東京の方で女を囲って置かっせるだの、子まであるそうな、そんなことまでお前、皆で言い触らす。