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つちのなかからのはなし

桜の森の満開の下

坂口 安吾

坂口安吾『桜の森の満開の下』。同一底本的分册已合并为一书。收入:土の中からの話、家康、閑山、禅僧、小さな部屋、道鏡。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 页

青空文庫

土の中からの話

私は子供のとき新聞紙をまたいで親父に叱られた。尊い人の写真なども載るものだから、と親父の理窟であるが、親父自身そう思いこんでいたにしても実際はそうではないので、私の親父は商売が新聞記者なのだから、新聞紙にも自分のいのちを感じていたに相違ない。誰しも自分の商売に就てはそうなので、私のようなだらしのない人間でも原稿用紙だけは身体の一部分のように大切にいたわる。先日徹夜して小説を書きあげたら変に心臓がドキドキして息苦しくなってきたので、書きあげた五十枚ほどの小説を胸にあててみた。夏のことで暑いからふと紙のつめたさを胸に押し当ててみる気持になっただけのことであるが、心臓の上へ小説を押し当てていると、私はだらしなくセンチメンタルになって、なつかしさで全てが一つに溶けてゆくような気持になった。理窟ではないので、自分の仕事の愛情はそういうものだ。尤も書きあげて一週間もたつと、今度は見るのが怖しいような気持になり、題名を思いだしてもゾッとするようになってしまう。

あるとき友達の画家が、談たまたま手紙一般より恋文のことに至り、御婦人に宛てる手紙だけは原稿用紙は使わない、レター・ペーパーを用いる、原稿用紙は下書きにすぎないから、と言う。