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ばいしのつえ
梅颸の杖
吉川 英治
「文藝春秋 オール読物号」1930(昭和5)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,966 字 · 32 页
知っているか。知らない者はなかろう。
あのふたりの交情は、もう十数年前からのことで、今日に始まったことじゃないが、梨影という貞淑な妻女もあり、ふたりの子供までありながら、いまだに、岐阜と京都のあいだで絶えず文通し、折には、あの女詩人を気どる老嬢が、わざわざ綺羅をこらして公然と水西荘へ逢いに来る。外でも、詩の会、書の会にことよせて逢い曳きをしているじゃないか。甚しい時には、人前もなく、細香女史の下手な墨竹などへ、山陽ともある者が、麗々とお惚気の画讃を書くことすらある。
気の毒なのは、お人のいい梨影女さ。山陽は、すまして口を拭いているけれど、細香女史があの美貌で、あの名門の娘で、とにかく詩画の才能を持ちながら、三十幾歳かになっても、いまだに嫁がないでいるのが何よりの証拠ではある。由来山陽は、部屋住み時代の放蕩家の通り者だもの、それ位なことはあるのが当然で、無ければ不思議といえる。
――そんな噂、そんな悪罵。
梅は、ひどく心配した。
芸藩の片田舎に、貞節な春水未亡人として暮している彼女には、都会の様子も、複雑な社会人争闘の戦法も、男同士の女よりもつよい嫉視も、反目も、分らなかった。