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くすのきのはなし
楠の話
豊島 与志雄
「文章世界 第拾四卷第四號」博文堂、1919(大正8)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,820 字 · 22 页
私は顔も洗わないで急いで学校の道具を揃えた。その所へ母がやって来た。
「もう起きたのですか。」と母は私に云った。
「どうしようかしら。学校に後れてしまった。」そう云って私は泣き出さんばかりになった。
「いいよ、いいよ。」と母はくり返して云った。「もう今日は遅いから学校はお休みにしたらいいでしょう。先刻お友達の人が誘いに来たから、今日は加減が悪くて寝ていますからって云って置きました。今日はもうお休みになさい。」
私はそういう母の顔を見守った。母は甞てそんなことを私に云ったことがなかった。私が寝ていると早くから起してくれた。学校に後れてはいけないと云って自分で書物を包んでくれたりした。「一日位休んだって何でもありません。今日教わる所はお母さんが後で教えてあげますからね。」と母はまた云った。
母は蒼い顔をしていた。眼が少し充血していた。それなのに、非常にやさしい表情をして私を見守っていた。私の眼からは涙が出て来た。私は俯向いて答えた。
「本当に休んでもいいの?」
「ええ。一日位休んだってそんなに心配するものではありません。さあ顔でも洗ってね。もうじき御飯ですから。