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えのきものがたり

榎物語

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页

青空文庫

彼は十八歳になっていたが、背丈はあまり伸びず、肩と足だけが不調和に逞しく、そして猫背になった。いつも重い物を背負いあるくためだろう、陽にやけた黒い顔はおろかしく、ただ、いつも敵意に燃えているような眼と、怒りを抑えているようにきっとひきむすんでいる唇とに、負けぬ気の激しさがうかがわれた。

なかは幾つかの縁談に首を振り、江戸へ出てくらしたいとか、生涯ひとの嫁にはならないとか、売れ残りの姉がいるから世間が狭い、などと拗ねていた。

晩秋の昏れがた、薪小屋へ薪を運んでいた国吉は、庭の向うに人がいるのを見たように思い、なんということもなく眼をそばめた。そっちはこの屋敷の東南に当り、あの大きな榎が立っているうしろは、杉林と藪のほかなにもなく、ふだんあまり人の近よらないところであった。――あんなところに、誰だろう。国吉は腰から手拭を取って、汗を拭きながらそっちへあるいていった。かなり濃くなった黄昏の、ぼんやりした光の中で、その人影はすうと榎の向うへ消えた。彼はいそがない足どりで、反対側から榎をまわっていった。するとそこにさわの姿が見えた。彼女は榎の幹に凭れ、両手で頬を掩って泣いていた。