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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

「おまえは、なかなか、いい案内者だ」

同じ動作を繰り返しながら、玄察はゆっくりと云った。

「あのとき、提灯を持って、駆けまわって、よく見えるように、みちしるべをしたな」

川口幾之助は蒼くなり、痩せた頬をひきつらせながら俯向いた。玄察はそれを見ないふりで、みちしるべはみごとだった、とゆっくり続けた。

「みごとだったが、案内はおまえの役目だからな、殿に申上げるまでもあるまい、私は申上げようとは思わない、船岡どのはもちろん他言する人ではない、せっかくいい案内をしてくれたのに、結果は思わしくなかったようだな、おまえはさぞ残念だろうが、まあ諦めるんだな」

そして、もうよし、と手を振った。

老女はけげんそうに聞いていたし、甲斐はまったく知らぬ顔をしていた。川口が去ってからも、玄察はいかにも腹がいえぬという眼つきで、「今夜は酔いつぶれてくれよう」などと云い、大盃を求めて乱暴に飲んだ。

一刻ほど飲んで、甲斐はさきに寝所へはいった。次ノ間は、村山、矢崎、辻村たちの宿直であった。甲斐は着替えをするときに、振返って久馬を見た。

「拝領のお垢付きで助かった」と甲斐は低い声で云った、「みごとな機転だった」