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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
、けれども、その泣き言を云うところに、いかにも人間らしい迷いや、みれんや、弱さがあらわれていて、好ましい、私には好ましく思われる」
丹三郎は黙って聞いてい、そのまま長い沈黙が続いた。
「つまらぬ話をしたようだ」とやがて甲斐が云った、「この十日には、若ぎみの袴着の祝いがある、知っているか」
「知っております」
「できるなら」と甲斐は口ごもった、「もしできるなら、その日は故障を申上げて、休むがいい」
丹三郎は黙っていた。甲斐は天床を眺めたまま、もしそれが不承なら、と云った。
「いま話した俗書の俗話を、土産に持ってゆくがいい、人は壮烈であろうとするよりも、弱さを恥じないときのほうが強いものだ」
丹三郎は「はい」と答え、甲斐は、眠るとしよう、と云って寝返った。
――おくみがみごもった。
甲斐はそのことを考えた。丹三郎は休みはしない、必ず出仕するだろう。その式日に「置毒される」ということは二度、三度と耳にはいっている。初めてではない、これまでにもそういう噂の立ったことはある。しかし、こんどは単なる風評ではなく、事実になるような予感が、甲斐には感じられた。
――こんどは危ない。