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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

自分は「独り」でありたい、と甲斐は思った。

いつ眠ったものか、遠く人のざわめきを聞いて、甲斐は眼をさました。丹三郎はまだ眠っており、裏の木戸のあたりで、人の声がしていた。――もう夜の明けるころだろう、甲斐は起きあがって、静かにその座敷を出た。丹三郎は気づいたとみえ、軽い寝息が止まったが、眼はつむったままで、身動きもしなかった。

廊下をおくみの寝間へゆこうとすると、寝間からおくみが出て来て、裏でなにかあるようです、と云った。甲斐は、なにかあれば舎人が知らせに来る、と云い、おくみを寝間へ戻らせ、自分もいっしょにはいった。

それから約半刻、おくみが寝間から出て、甲斐のために洗面の支度をしていると、矢崎舎人が来て、宮本新八という者を捕えたと申上げてくれるように、と云った。

「さっきの騒ぎはそのことでしたの」

「そうです、役人に追われて逃げこんで来たのですが、事情のある者なので、こちらへ引取ったのです」

「そう申上げましょう」とおくみは云った。

甲斐が洗面を終り、着替えをしてから、おくみはそのことを話した。甲斐はちょっと考えてから「ああ」と頷き、舎人を呼んでくれと云って、居間へはいった。