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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

矢崎舎人の話しを聞きながら、ちょうど丹三郎の来あわせていた偶然さに、甲斐は、皮肉なめぐりあわせを感じた。

やがて、舎人がいって、新八を伴れて来、甲斐は舎人をさがらせた。――新八を見るのは初めてである。邸内で見かけたことはあるのだろうが、甲斐には記憶がなかった。年は丹三郎と同年配だというのに、三つも四つも老けてみえるし、怯えたような眼つきや、憔悴した躯つきには、頽廃という感じがつよくあらわれていた。

――これが、良源院から、畑姉弟を誘拐しようとした男か。

甲斐はそう思った。そして、新八のうしろには、柿崎なにがしとかいう、あの浪人者がいたという。柿崎なにがしが、この湯島の家へあらわれたとき、丹三郎が見て、畑姉弟が誘拐されようとしたとき、新八に指図をしていた浪人者だ、と云った。

――運の悪い男だ。

彼は仙台へ護送される途中で、脱走した。仙台へゆけばよかったのである、数年のあいだ預けられていれば、やがて宮本の家名を恢復することができた筈だ。それを、脱走したために、柿崎などという人間につかまり、その手先となり、いまは風呂屋の売女におぼれたりして、役人に追われるようなことになった。