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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
おみやはもういちど詫びを云い、そこへ、この家の主婦とみえる、年配の女が茶と菓子をはこんで来た。
「話しを聞きましょう」
二人きりになるのを待って、玄四郎がおみやを見た。おみやはうなだれていて、「はい」といったが、膝の上で両手をかたく握りしめたまま、やや暫く黙っていた。
――変ったものだ。
と玄四郎は思った。向島の茶屋で逢ったときからみると、まるで人が違うようだ。あのときの、みだらなほどむきだしな、情欲のかたまりのような姿はどこにも見られない。年はもう二十四か五歳になるだろう。あのときのようすでは、男の数も二、三ではなかったらしい。それがいまは、まったくうぶな、生娘のようにしか思えない。
――こんなに変った理由はなんだろう。
と彼は心のなかで思った。
「そんなに話しにくいのですか」と玄四郎が訊いた。
おみやはうなだれたままで、そっとかぶりを振り、お聞き苦しいかもしれませんけれど、聞いて頂きます、と云った。
おみやの話しだしたことが、なにを意味するのか、玄四郎には見当がつかなかった。おみやは自分の過去をすっかり語った。それはちょうど湯島の家で、宮本新八が甲斐に向かってした告白に似ていたが、内容はそれよりもはるかにいまわしく、汚辱に満ちたものであった。