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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
「しかし、断わっておきますが」と玄四郎はまたおみやを見た、「もしも気乗りがしないのなら、いやだと云って下すっていいのですよ、もともと無理な頼みだし、非常な危険がともなうのですから、いやになったら、あとからでもいやだと云って下さい、わかりましたね」
おみやは、ええ、と頷いた。
彼女の顔には、虚脱とすてばちの色が、混りあってあらわれ、それまでの単純な表情とはまるでべつな、一種の嬌めかしさ、といったふうなものが感じられた。
「これでお別れ致しましょう」とおみやが云った、「証書のことは心配なさらないで、きっとうまくゆくと思います。なにかお知らせすることがあったら、いつもの木戸のところでお呼び申します」
「待っています」
待っているがあせらないように、と玄四郎が念を押し、おみやは承知した。おみやはけんめいに自分を抑えていた。玄四郎が立ちあがり、刀を差して、編笠を手に出てゆくまで、笑顔こそ作れなかったが、玄四郎にはなにも気づかせずに、廊下まで送りだした。
「――さりとては、また」
座敷へ戻ったおみやは、鼻唄をうたいながら、窓のところへいって、池のほうを眺めやった。