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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

彼は小野の館(陸前のくに桃生郡小野)を出て来たところで、いい気持に酔っているらしく、歩きながら唐詩を微吟したり、鼻唄をうたったりしてい、腰の両刀が重たそうに見えた。時刻は午後二時、――山根という処へさしかかったとき、うしろから追って来る者があった。七十郎は振向きもせず、追って来た者は二度も三度も、高い声で呼びかけた。

「相変らずだな」と七十郎は聞えないふりをしながら、こう呟いて微笑した、「相変らず、こらえ性のない、老人だ」

「おい、聞えないのか」とうしろで、走りながら、どなった、「おれだ、少し待て」

七十郎は足を停めて、ゆっくりと振返った。里見十左衛門が、そこへ追いついて来た。旅装のままで、右手に笠を持っていた。

「なにをそう慌てる」と七十郎が云った、「道はこのとおり一筋、おれの姿は見とおしだ、そう駆けなくとも追いつくではないか」

「いま、館へいったのだ」と十左は喘ぎながら、七十郎と並んで歩きだした、「すると、石巻へでかけたというので、そのまま追って来た」

「慌てなくとも追いつけたさ」

「石巻へなんの用だ」

「里見老はなに用だ」

「なんの用があって石巻などへゆくんだ」