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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

「そうはいかぬ、おれがやめるつもりでもこいつらは承知しない、こいつらは初めから喧嘩をする気でいたんだ」と七十郎が云った、「おおかた腕自慢で、人に喧嘩をふっかけてはいい気持になっていたんだろう、いちど懲りるまではその鼻が折れない、世間や人が迷惑するばかりだ、大藤五郎太、横田凉軒、それからそっちの名なしの兵六」

彼は三人を見やり、凉軒の槍をみて、ばかげた槍だ、と笑い、そして身構えをして、さあかかれ、と云った。

「いやちょっと待て」と七十郎は急に手をあげた、「きさまたちに間違いがあっては悪いから、いまなにか捜して来る、ちょっと待て」

「逃げる気か」と五郎太が喚いた。七十郎はそうせくなと云い、畦道へおりていった。二人の百姓はずっとはなれた稲叢のところにおり、七十郎は畦道に立っている稲架から、手ごろの添木を一本抜き取った。それを二度ばかり振ってみたうえ、枯草をり取ってきれいに拭き、ゆっくりとこちらへ戻って来て、いいぞ、と三人に云った。

「刀を抜け」と五郎太が赤くなって叫んだ、「武士の作法を守れ、刀と刀だ、抜け」

「侍というものは、三つの場合しか刀を抜かぬものだ」と七十郎が云った、「主君の辱められたとき、誅奸のとき、おのれの武名の立たぬとき、――こんなくだらぬ喧嘩に刀を抜くほど、おれは腰ぬけではない」