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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

山の小屋にこもって、与五兵衛を相手に、狩をしたり、木を伐ったり、また書物を読んだりして暮す。帯刀は男の子だから、そういうときには伴れてゆくのが当然なのに、甲斐はいつも独りであった。館にいるときでも、帯刀とゆっくり話すようなことはなかったし、鹿狩でけがして、あとの養生に青根へ湯治にいったときも、帯刀ではなく宇乃を伴れていった。

――本当にそうかもしれない。

帯刀の云うとおり、本当に甲斐は帯刀を嫌っているのかもしれない。だが、なぜ甲斐は帯刀を嫌うのだろうか。甲斐には男子が四人あるが、二男の仲次郎は飯坂家へ、三男の喜平次は平渡家へ、四男の五郎兵衛は剣持家へと、それぞれ養子にはいり、残っているのは帯刀ひとりである。他の三人の誰かを、特に愛していたようには見えないし、一人だけ残った長男を、どうして嫌うのだろうか。どうしてだろうか、と宇乃は思った。

「どうやら饒舌りすぎたようだ」

帯刀は袴を手ではたき、帰ろうかねと云った。

「お話しはそれだけでしたの」

宇乃は、彼と共に、歩きだしながら、こう云って彼を見あげた。帯刀はあいまいに頷いた。

「もう一つあったのだが」と彼は坂道へかかったとき、低い声で云った、「本当はその話しをしたかったのだが」