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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

甲斐はまた茶をすすり、それを置いてから、一つお願いがある、と話しを変えた。

「寺池さまとの地境の争いですが、これを譲歩して頂きたいのです」

「このまえにも譲歩したぞ」

「もういちど、お願い申したいのです」と甲斐は云った、「去年のことですが、江戸で寺池さまが私に訴え、一門の面目からもあとへはひけぬ、と申しておられました」

「一門の面目をいえばおれも同じことだ」と安芸が云った、「このまえのときにも明らかに不当な申し分で、感仙殿(故忠宗)さまの御威光をかさに着たやりかただった」

このまえの境論の要だけを聞いておいてもらおう、そう云って安芸は話しだした。

桃生郡西南の地を、一帯に「深谷」といって、そこに式部宗倫の所領の飛地があり、伊達安芸の遠田郡と境を接していた。――ここは寛永十七年の検地で、地境をきめたのであるが、それ以前から、深谷の農夫たちが涌谷領へ入りこみ、無断で新田を起こした。そのとき涌谷領の者が黙っていたので、そのまましぜんと深谷方の勝手にされ、式部の所領に加わってしまった。

そこでようやく、涌谷領遠田郡の者が、違法である、と云いだし、安芸も人を遣って、草萱用水の境を明確にしようとした。