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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
「おい、ちょっと立つぜ」
「どうするの」
「借りて来る物があるんだ、ちょっと頭をどけてくれ」
新八は立ちあがり、おみやは手枕をした。おみやは手枕をしたまま、頭をぐらぐらさせながら、帰っちゃだめよ、と云った。舌がよくまわらず、唇の端から涎が垂れた。
新八はすぐに戻って来、借りてきた三味線を持って坐ると、爪弾きで調子を合わせた。三味線は胴の裏皮がめくれていて、糸をはじいても反響はなく、破れた樋でも叩くような音がした。おみやが、なによ、どうするの、と舌ったるく訊いた。新八は坐り直して、なに、いたずらだ、と云った。
「お愛嬌にいたずらをしてみるから聞いてくれ、笑ってもいいんだぜ」
新八は三味線を弾きはじめた。三絃の中から、なにかを捜し出そうとでもするように、一音ずつ、まをおいて、ゆっくりと低く音階をたどり、ごく短い一小節がまとまると、それを繰り返した。
手枕をして横になったまま、頭をぐらぐらさせていたおみやは、いつか眠りだしたようすで、頭は動かなくなり、その口から軽い寝息のもれるのが聞えた。
新八はやがて、だめだ、と呟いて手を停めた。思うように音がつかめないらしい、まとまりかけると、これまでに覚えたほかの唄の節がはいるようすで、彼はがっかりしたように、三味線を抱えたまま、ぼんやりとおみやの寝姿を見まもった。