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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

「そのお茶をお飲み」と甲斐がやさしく云った。

茶を飲めばおちつくだろうと思ったが、少女はほとんど逆上ぎみで、飲もうとした茶は、手がふるえるため、半分くらいもこぼれて、ひざをぬらしてしまった。

「どうしてぬけ出たのか」と甲斐は質問を変えた。

少女は、不浄門のわきから、と答えた。不浄門のわきに、塀の一部が外れるようになっていて、若侍などがときどき隠れ遊びに出入りをする。伊達屋敷は諸侯の中でも特に門限が厳しいので、そういうぬけ道ができたものであろう。もちろん発見されれば処罰はまぬかれないが、これまでに罰せられた例はない。少女はそこからぬけ出したのであり、それが家法をやぶるものだと知っているので、いっそうおびえている、というふうであった。

「親元へ帰ってどうする」と甲斐はまたきいた。

少女は、親元にいるのではなく、帰ったらすぐ親類へ身を隠すつもりである。それは鳥羽から注意されたことで、金も貰って来た、という意味のことを、おろおろと答えた。

「それならいい」と甲斐はうなずいた、「鳥羽どのにも云われたであろうが、どこへ隠れるにせよ、屋敷で見たり聞いたりしたことは口外しないように、もし人に話したりすると、おまえがみつけだされるもとになる、わかっているな」