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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

善太夫は「どちらも仕置が済んだ」と答えた。甲斐がそれを知らなかったことを、むしろ意外そうな口ぶりだったし、顔にも、なにをいまごろ、というような、訝しげな色があった。

「仕置とは死罪か」と甲斐が訊き返した。

「河野父子は切腹、料理人は斬首です」と善太夫が答えた。

「それが済んだというのか」

「仕置は済みました」

「いつだ」

「今日、いや、もはや昨日になりますか、昨日の夕刻に相済みました」

甲斐は眼をつむった。

鑿で刻みつけるかのように、はっきりと、甲斐の顔に苦悶の表情があらわれた。これまでかつて、そんなにもあらわに、彼の顔が歪んだことはない。いつも穏やかな、微笑を含んでいるような唇が曲り、眉間にするどい皺が立ち、両頬の肉が切りそがれたように落ちくぼんでみえた。――善太夫はそれを、けげんそうな眼で見まもり、そして、なにか失態でもあったのか、と訊いた。甲斐は眼をつむったまま、なお暫く黙っていたが、やがて力のぬけたような口ぶりで云った。

「仕置は誰の命令でやった」

「それは、もちろん、御老職からだと思います」

「名を聞こう、誰だ」

「御老職の連署でしたが、なにか御不審があるのですか」