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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

「二心はない、と仰しゃるのですね」

「いいえ、わたくしはあれが、原田甲斐宗輔であることを信じているばかりです」

慶月院はそこで新左衛門を見、穏やかな口ぶりで云った。

「ただ一つだけ申しましょう。こんど孫の帯刀に縁談が起こりました、相手は松山の娘です」

「――松山どのの……」

新左衛門は訝しそうな眼をした。慶月院は頷いて云った、「わたくしはこの縁談をまとめるつもりでおります、宗輔にもさして異存はないでしょう、しぜん、あれが松山と絶縁するつもりだという評は、誤っていることになります」

「それは、まことでございますか」

「茶が冷えたようですね」

こう云って、慶月院は、宇乃さん、と呼んだ。静かであるがよく徹る声で、返辞が聞え、まもなく、茶の間に通ずる襖をあけて、宇乃が顔をみせた。宇乃は実の生っている茱萸の枝を持っており、慶月院はそれを眼にとめた。

「山で採ってまいりました」と宇乃がその枝を見せながら云った、「帯刀さまに砦山へ伴れていって頂きましたの、その帰りにみつけたものですから、お慰みにと存じまして、採ってまいりました」

「そう、みごとだこと」と慶月院は云った、「茱萸の実は赤くなれば、喰べてみなくとも熟れたことがわかる、――人の心の奥というものは、……」