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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

「侯は将軍家側衆であった」

甲斐の声は低く、水のように静かであった。周防は訝しそうな顔で、じっと彼の眼を見まもっていた。

「そのとき侯は、早く陸奥守さまの隠居願いを出すこと、亀千代ぎみ相続の願いを出すことをすすめ、なお、白石(片倉小十郎)は六十万石分割の密約で、直参大名になることを承知しているかもしれないから、彼にはすべて内密にするように、と注意されたと聞いたように思う」

「そのとおりだ」

「さて、そこで考えてみよう、将軍家側衆である侯が、どこで、どうして、雅楽頭と一ノ関との密約を知ったか」

「話しの途中だが」と周防が遮った、「久世侯は当代十善人の一に数えられている人だ」

「誰によってだ」と甲斐は周防を見、すぐに、まあいいと云った、「徳川幕府という機構のなかで、十善人の一に数えられていることは認めよう、だが、侯はどこまでも徳川氏の譜代であり、幕府閣僚の一人だ、外様諸侯の代弁者でもなければ、もとより伊達家の庇護者でもない」

「では久世侯も雅楽頭と同腹だというのか」

「いや、そうは云わない、私はただ事実を検討してみたまでだ」と甲斐が続けた、「雅楽頭と一ノ関の密約を、どうして侯が知ったか、ということ、どうしてそれを伊達家に伝える気になったか、ということ、――なぜなら、侯と伊達家とは、侯が雅楽頭の裏を掻くほど、深い関係ではない