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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
それまで読書でもしていたものか、傍の小机の上に、一冊の本がひらいたまま置いてある。それでも勉強するような気持になったのね、おみやはこう思って、そっと覗いてみると、それはなにかの浄瑠璃本であった。
「新さん」おみやは彼をゆり起こした、「起きてちょうだい、新さん、あたしよ」
新八は眼をさました。ぼんやりと眼をさまし、そこにいるのがおみやだとわかると、寝たまま手を伸ばして、おみやを抱こうとした。
「だめよ、起きてちょうだい」おみやは彼の手を押し返した。
新八は訝しそうに女を見、足をぼりぼり掻きながら、大きな欠伸をした。それから、もの憂げに起きあがったが、ふいにとびかかっておみやをとらえ、暴あらしく抱いて、そこへ押し倒そうとした。
「よして」とおみやは激しく拒んだ、「人を呼ぶわよ」
「どうしたんだ」
「放してちょうだい」
「どうしたんだ」
「痛いから放してよ」
冷たく固い声であった。新八は手を放し、さらに訝しそうな眼つきで、おみやを眺めやった。どうしたのだ、おみやが拒む筈はない。いつもおみやのほうから求めるし、どんなに求めても飽きるということがなかった。
「兄のところへ来たの」