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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

声をかけて、その座敷へはいって来たおみやは、暑いのと息苦しいのとで、むっと胸がつかえるように思った。

「お月見の宴が終ったので、二日おいとまが出ました」とおみやは云った。

六郎兵衛はふきげんに妹を見た。その眼は酔のために、どろんと充血していた。

「それで帰ったのか」

「お話しもございます」

「あの件でか――」

六郎兵衛の眼が細くなった。おみやは頷いて、はいといった。

「よし聞こう、おまえたちは座を外せ」と六郎兵衛が云った。

女たち二人が去り、おみやは話した。少しも風がはいらないので、暑さもひどいし息苦しく、おみやは団扇を取って、兄と自分を代る代るあおぎながら、話した。

「それだけか」

聞き終った六郎兵衛は、たしかめるように妹を見た。彼は殆んど泥酔していたが、聞いているあいだに酔がさめたようすで、表情もはっきりしてきたし、充血した眼にも、するどい光があらわれた。

「十一月十日といったな」

「若ぎみのお袴祝いがあるのだそうです」

「十一月十日、間違いないな」

「わたくしはそう聞きました」

六郎兵衛は口の中で、もういちど、十一月十日、と呟き、独りで頷いてから、また妹の顔を見た。