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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
言葉は明瞭ではないが、紛れもなく変事を知らせる響きをもっていた。列座の人たちの中で、まっさきにそれと気づいたのは、久世大和守である。大和守は雅楽頭を見た。雅楽頭はまったく平静なようすで、なぜ審問が中止されたのかわからないという顔をしていた。
「なにかあったようですな」と大和守が強い声で云った、「表てのようです、みてまいりましょう」
大和守はなにかを直感したらしい。雅楽頭がとめようとすると、板倉内膳正も立ちあがって、自分もまいろう、と云った。それで、申次の大岡佐渡が慌てて座をすべり、二人の先に立って案内した。
甲斐は自分の頬に床板を感じ、自分がすっかりのびているのに気づいた。
――まだだ、死ぬのはまだだ。
まだしておかなければならないことがある。死ぬのはそれからだ。もう一つ、志摩にこのことを話さなければならない、米谷は即死らしいが、志摩の口が違うと困る。だがまず第一のことが先だ。甲斐は眼をあいた。眼をあけるだけでも、ひじょうな力が必要だった。傷の痛みはないが、躰力が残りなく消耗したようで、自分の席まで這い戻ることは、まったく不可能だということがわかった。